JHD&C代表対談

ISSUE JHD&C代表対談 第1回 野澤桂子先生 【日本におけるアピアランスケアと理美容の役割】

野澤桂子先生にヘアドネーションについての見解を医療者の視点から伺いました。

2023/04/28 目白大学看護学部看護学科 野澤研究室にて

国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センターの初代センター長を務め、「アピアランスケア」の手法を用語とともに日本で推進してきた野澤桂子先生に、ヘアドネーションについての見解を医療者の視点から伺いました。

対談場所となった目白大学さいたま岩槻キャンパス

国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センター※1の初代センター長を務め、「アピアランスケア」の手法を用語とともに日本で推進してきた野澤桂子先生。
JHD&C代表の渡辺とは旧知の仲であり、JHD&C監修書籍『31cm』※2ではインタビュイーとしてご協力いただきました。ヘアドネーションについての見解を医療者の視点から語るなど、折に触れ意見を交わしてきました。

昨今クローズアップされている「見た目問題」について、がん治療の一環としてのアピアランスケアと医療との適切な関わり方を模索してきた医療者と、脱毛と向き合う18歳以下の当事者へウィッグを無償提供する非営利活動法人代表が、率直に対話した模様をお届けします。

プロフィール(敬称略)

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子

野澤桂子
(のざわけいこ)

  • 目白大学看護学部看護学科教授
  • 臨床心理士・公認心理師
    (元・国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センター センター長)
JHD&C代表・渡辺貴一

渡辺貴一
(わたなべきいち)

  • JHD&C代表

日本におけるアピアランスケアと理美容の役割

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

本日はお忙しいなか、お時間をとっていただきありがとうございます。
野澤先生に初めてお会いしたのは2017年ごろでしたので、かれこれ6年のお付き合いになります。今回、改めて対談の形でお話しできればと思います。
まずは、野澤先生がアピアランスケア研究を始めたきっかけについてお聞かせいただけますか。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子先生

目白大学看護学部
看護学科教授・野澤桂子先生

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

私はもともと法学部出身ですが、1996年ごろ、研究者の夫に同行して2年ほどフランスに住んだことがあります。現地にある医療関係の様々な施設を見学する機会を得ました。
ある時、終末期のがん患者や重度の認知症の方が入所しているパリの公共の老人ホームを訪ねました。そこには簡素ながらエステルームがありました。

フランスにはソシオエステティック※3というものがあります。エステティシャンの国家資格を持つ人がさらに病気のことなどを学び、医療や福祉の領域で活躍するものです。
そのホスピスに派遣されている人の多くは、ソシオエステティシャンの資格を持っていました。

当時、日本の老人ホームでもボランティアのエステティシャンが認知症の方に美容施術をすることがありました。当人にはすごく喜んでもらえるものの、ボランティアは施設の方から「衣類や備品を汚すことがあるので、帰る前に(入所者への)メイクを落としてくださいね」と言われていたそうです。それをフランスのホスピスのスタッフに伝えたら、「残された時間が少ない人に、なぜそんなことすら認められないんだ」と、みなに驚かれました。
また、当時の日本では、当人の好みや性別に関係なく、入所高齢者は「養老院カット」といわれるヘアスタイルにされることが多かったのです。手入れが楽でカットの間隔をあけられる、短く刈り上げたショートスタイルです。

一方、そのころすでにフランスでは「入院中の患者さんが当人の嗜好に沿って身なりを整えることによって、その人らしくいられる」と考えられていました。高齢者や病人が元気に堂々とおしゃれを楽しんでいることは、私にとって大きなカルチャーショックでした。

また、別のホスピスを訪問した時のことです。そこはパリのど真ん中の、エッフェル塔の足元まで5分で行けるようなところにありました。
そのホスピスではボランティアが8時間3交代の24時間体制でサポートしていて、体調がよければ患者さんは近くのカフェでコーヒーを飲むこともでき、ボランティアはできる限り担当患者さんに関わって最期のお見送りまでするとのことでした。
その施設のボランティア長さんは、エッフェル塔に程近い骨董品屋の店主でした。
その方に「患者さんと関わる時に何を大事にされていますか」と尋ねたら、「亡くなるのを妨げないことです」とおっしゃったのです。

こんなふうに、日本の緩和医療に関わる医療者の何人が即答できるだろう。非常に大事なことを教わりました。ボランティアの熱量と意識の高さにも驚きましたが、亡くなる直前までカフェに行ける、普通の生活を楽しめることが衝撃でした。当時は、私の勉強不足もあったかもしれませんが、ホスピスは空気のよい人里離れたところにある、活気ある日常とは離れたイメージでした。
これらの経験から、外見と医療の問題に興味を持ったのです。

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

日本では病人は「病人らしくあること」を求められがちですが、大きな違いですね。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

はい。それで帰国後、日本ではどうなっているんだろう、医療に関わってみたいと思っていろいろ調べ、心理系の資格を取ることにしました。当時、心理系では唯一の公的資格だった産業カウンセラーを取りましたが、始めてみると奥が深くて。結局、臨床心理士資格が必要だと考え、臨床心理士の指定大学院に入ることにしました。最初は、資格取得のための修士課程のみを修了する予定でしたが、外見の悩みとこころの関係を研究し始めたらおもしろくて博士課程まで進んでしまい、ライフワークになっています。

縁あって、大学院時代に国立がん研究センター中央病院(以下、国がん)の緩和ケアチームに研修生として入ることができました。
結局、国がんには2003年から、常勤・非常勤合わせて満20年勤めました。2023年3月末で非常勤も辞めましたが、今でも研究は一緒に続けています。

※1国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センター
国立がん研究センター中央病院は、「社会と協働し、全ての国民に最適ながん医療を提供する」を理念に、日本のがん医療の旗艦病院として、患者さん一人一人に最適な世界最高レベルの医療を提供する臨床研究中核病院・特定機能病院。
国立がん研究センター中央病院ではアピアランスケアを「医学的・整容的・心理社会的支援を用いて、外見の変化を補完し、外見の変化に起因するがん患者の苦痛を軽減するケア」と定義している。
アピアランス支援センターは「がんやがん治療による外見の変化がつらい、不安だ」と感じている患者さんの相談に応じる部門。

国立がん研究センター中央病院

※2『31cm』
JHD&C初の監修本で、出版社KuLaScip(クラシップ)によって企画された。ヘアドネーションに関わるレシピエント、その両親、ドナー、医療者など16人のインタビューを、著名なイラストレーターのビジュアルとともに綴る。印税はすべてジャーダックに寄付され、ウィッグ提供費用として役立てられる仕組み。

『31cm』の詳細はこちら

※3ソシオエステティック
医療や福祉の知識に基づいて行う総合的な美容法。ソシオはフランス語で、英語の「ソーシャル」と同じ意味。
フランス国立トゥール医科大学ブルトノー病院内に養成施設「CODES(コデス)」がある。

国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センターの取り組み

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

フランスでの経験が医療の世界に転身するきっかけになったんですね。国がんのアピアランス支援センターは野澤先生が立ち上げたんですか?

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

いえいえ、一人で立ち上げられるものではありません(笑)。2005年、週1勤務の非常勤時代にアピアランスの自主チームをつくり、2007年から月に2回、病院の正式なプログラムとして「美容相談」という患者さん向けのグループプログラムを始めました。

アピアランスケアを経て患者さんが元気になっていくことは医療者にとって衝撃だったようで、その後、アピアランス支援センターが立ち上がりました。私も、教育から離れるのは寂しかったのですが、思い切って当時勤めていた短大を辞め、国がんで働き始めました。
国立がん研究センターにアピアランス支援センターができたことは非常にシンボリックにとらえられ、アピアランスケアについての認知を得たように思います。

対談する野澤先生(右)と、JHD&C代表の渡辺

対談する野澤先生(右)と、JHD&C代表の渡辺

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

国がんのアピアランス支援センターが中心になって、ちょっとずつ意識を広めたということですね。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

そうですね、でも化粧のプログラムは国がんより先に北里大学が始めていて、私も途中から手伝っていたのです。カネボウやポーラといった化粧品メーカーに協力してもらい、北里大学チームと研究もしました。
アメリカのルック・グッド・フィール・ベター※4の運動を参考に、入院患者に化粧プログラムに参加してもらって、メーカーから提供されたポイントメイクの製品で毎日メイクを続けてもらい、感情状態やQOLの改善について測定しました。

開始5日後に取ったデータで、プログラムに参加しなかった入院患者に比べて、いくつかの感情状態の改善が早いという結果が出たんですね。その時は、メイクできれいになることを楽しめたから感情状態が改善したのかな、と思いました。3カ月後に改めて患者さんにインタビューをしたところ、「あの後、人間関係がすごく広がった」と言うのですよ。

例えば、こんな話がありました。
ある大部屋でカーテンを閉め切って何日もシクシク泣いている人がいて、その病室はシーンとして気まずい雰囲気だったそうなんですね。そんな時、化粧プログラムが始まり、メーカーから提供された新製品の使い方がわからずみんな困っていたらしいのです。すると突然、カーテンが開いて、ずっと泣いていたその女性が「私、同じものを持ってるからやってあげる」と言ってやり方を教えてくれて、急に部屋の雰囲気がわーっと明るくなったと聞きました。

また、ある年配の女性は「私は若いころ美容部員だったのよ」とメイクの話を始めて部屋がにぎやかになったとか、そういうエピソードが数多く出てくるわけですよ。
他にも、病気になってからはお化粧をする気にならなかったんだけど、がん宣告以来、久しぶりにお化粧してうれしくて、来てくれたメーカーさんの顔を今でも思い出せるんですよ、と言う人がいたりとか。「生きてるんだって思った」とおっしゃる方もいました。

つまり、自分がきれいになったことよりも、それに関連する人間関係が活性化したことのほうがみんなの意識に残っているんだなと、意外に思ったのですね。生命に直接関係のない化粧行動が、生きている実感を生じさせることもある。もしかしたら、一見無駄なことにこそ意味があって、「豊かな社会」というのは、それが認められる社会ではないか、と。当時、フランスの体験もあわせて思いました。

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

なるほど。そういった研究によって、ちょっとずつ日本の医療の現場が変わってきたのでしょうか。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

先ほどお話しした北里大学のプログラムも、もともと北里大学の医師や師長などがアメリカのスローンケタリングがんセンター※5で研修した時にルック・グッド・フィール・ベターのプログラムを目にしたことで始まったのです。こんなことが病院の中で行われているのかと感銘を受け、自分たちもやってみたいと思って始めたことなのです。

私もたまたま知り合いから誘われて参加し、その後、北里の研究結果が出る前に国がんでの研修が始まりました。ちょうど黎明期に皆の興味や関心が重なったと言えると思います。見えないけれど、大きな時代の流れがあったのでしょう。

※4ルック・グッド・フィール・ベター
がん治療の外見関連の副作用を管理するために、がん患者に美容技術を教える非医療、ブランドニュートラルな公共サービスプログラム。1989年にアメリカで設立。
ルック・グッド・フィール・ベター財団が訓練、認定を行った何千人ものボランティアにより維持されている。

ルック・グッド・フィール・ベター

※5スローンケタリングがんセンター
メモリアルスローンケタリングがんセンターのこと。がんに特化した総合センターとして世界有数の施設で、研究所も併設している。1884年設立。

スローンケタリングがんセンター

美容と医療、福祉におけるアプローチの違い

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

先ほど「短大で勤めていた」とおっしゃいましたが、野澤先生は以前、美容業界で有名な学校法人山野学苑で教えておられたそうですね。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

はい、山野美容技術短期大学というところです。当時は美容師と介護福祉士を養成する3年制の美容福祉学科があり、そこの教員になりました。心理学や福祉の面から美容ケアの効果を深く考えることができる、私にとっては最高の職場でした。美容の技術も間近で知ることができましたし。

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

美容の業界に、福祉の視点からもアプローチされたんですね。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

ベースが美容師教育なのでそう言えますね。でも、メイクなど美容系で抜きん出た能力のある人にとって、医療や福祉のジャンルで活動することは難しいと私は思います。特にがんなどにおいては。

例えば北里大学のプログラムの目的は「自分でできるようになる」です。
がんの患者さんは、どちらかというと、きれいになりたいというよりも、元の自分に戻りたいという思いで参加しています。抗がん剤で眉毛がなくなって現実的に困っている、という面もありますが、根底には、元気な頃の自分に戻れないんじゃないか、という不安を抱えて参加しています。

私の研究では、自分なりに対処できた、と思える人はQOLが高いのです。客観的にきれいになったかどうかじゃないことがわかっています。プログラムの趣旨からすると、自分なりの成功体験を持ち帰ってもらわないといけないのです。それが自信になり、その後の人生を変えるので。

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

達成感みたいなものですか?

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

そうですね。テクニックというより「いろいろ不安だったけど、これならやっていける」という自信を持ってもらうことがプログラムの主目的なのです。

1時間のプログラムに何人かで参加して、自分で道具を選びながらワイワイやる、眉も自分で何とか対処できそうだし、病前と同様に人生を楽しむこともできそうだ、と実感してもらうプロセスが大事なのです。でも指導するのがアーティストである場合、活躍している人ほど患者さんをどんどんきれいにしてしまうのです。自分でできるように教えてくださいとお願いするのですが、難しいようです。すると患者さんは自分では何もしなくなり、最後に「きれいになったねー」とほめ合って終わります。自分の足で歩けるかも、という自己効力感の形成にはつながりません。確かに私から見ても、いいのかなあ、と思うレベルのメイクもあって、「きれいにしなければ、私が来る意味ないじゃない」とおっしゃるアーティストの先生のお気持ちもわかります。でもメイクをしているご本人はご機嫌なので、それでいいのです。

がん患者において本当に美容の先生の紹介が必要な人は、特殊な色素沈着がある場合など全体の数パーセントしかいません。多くの患者さんはそもそも完璧に隠したりきれいにしたいという思いはそれほど強くはなくて、目立たなくなればいいやという感じです。

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

それって化粧だけの話ではなさそうですね。ウィッグに関してはいかがでしょうか。

研究室に並ぶウィッグ

研究室に並ぶウィッグ

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

ほとんどの患者さんにとって、髪は日常整容の延長線上のものです。でも医療者って真面目なので、美容業界の常識を教わるとそのまま伝えてしまうことがあります。例えば、ウィッグメーカーの常識を丸のみしたり。

ウィッグメーカーが手触りやつむじにこだわるのは当然です。そのプロ意識がなければよい製品は生まれませんし、業界が前に進みません。でも医療界は本来、患者さんが機嫌よく治療生活を送れるのなら、当人に毛髪があってもなくても、何を被っておられてもいいわけです。医療の視点から再度情報を吟味して、患者さんにとって適切な情報を提供することが重要なのです。

ウィッグ店で様々なウィッグを見せられて、つむじがものすごく大事だと思っている患者さんが一定数おられます。そんな人には、「家族のつむじを思い出せますか?」と尋ねてみると、皆さん、急にわれに返ります。そこで、「思い出せないですよね、ウィッグに関係のない人は一緒に暮らしている人のつむじさえ見ていないのです」と。

ですから医療者には、「正面から見て自分が似合うウィッグだったら、つむじはあってもなくてもいい。もしじっと見ている人がいたら、たぶん、患者さんか、医療者か、ウィッグ店の人。気にしなくて大丈夫、と患者さんに教えてあげてください」と伝えています。
そうすることで、患者さんのウィッグに対するハードルがどんと下がるんですね。それが医療者が行うべきアピアランスケアです。

大事なことは、患者さんが生きやすくなり、そして究極には治療をやめない、あるいは諦めないための情報提供や関わりです。よその業界の話をそのまま持ってくればいいわけではないので、それを医療者がちゃんと理解しないといけないと思っています。

医療者教育の重要性と他業界との関わり方

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

アデランスが運営する「こもれび※6」のような、ウィッグの販売も行うヘアサロンが医療現場にあることについてはどうお考えですか?

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

ないよりはあったほうがいいと思います。ただ、それと医療者がどういう情報を提供するかは別ですね。
「高価なウィッグじゃないと自然じゃない」と思い込んで、子どものために貯めていた教育費でウィッグを買ってしまうようなケースがあります。そういうことがないように、ちゃんと情報を提供することが重要だと思います。

ウィッグもインターネットで購入できる時代なので、医療者には「ネットでの探し方を患者さんに案内してください」と言っています。
もちろんネットで買うのを好まない患者さんもいますし、手にとって購入できる場があるのはいいことだと思います。でも、それだけでなく、病院という公共性が高い場所にあるのですから、自社製品以外でも持ち込みカットができたり、必要な患者さんには近隣のウィッグ店の情報を案内するなど、他の選択肢もちゃんと用意してくださいと院内サロンにはお願いしています。

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

なかなか難しいところですね。先述の「こもれび」は、アデランスのいわゆる営業店とはちょっと違っていて、スタッフさんはホスピタリティ精神にあふれ、患者さんに貢献したいという気持ちが強い人が多いんですよ。
その一方で、「こもれび」は株式会社アデランスが運営していて、売り上げがないことには維持できません。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

大手には大手の事情がありますからね。私も自分でいろいろなウィッグを買い集めましたし、時代を変えるような安価で高品質のウィッグが登場したときは、そのメーカーさんにヒアリングしたのでなんとなくわかりますが、通販で5万円以下のものがいちばんコストパフォーマンスがいいかも、と患者さんに話すことがあります。実際、患者さん対象の調査でもその価格帯が多かったです。

ただ、今は治療中でもずっと具合が悪いわけではありません。だから患者さんには「焦らなくていい」ということもお伝えします。
例えば、2500円のウィッグでも、通販メーカーによってはまあまあいい感じのものもあります。それに1000円の黒ベレー帽をかぶると、顔になじむわけですね。ですから、とりあえず3500円で買っておいて、納得できるウィッグを後でゆっくり探せばいいですよ、と。

美容にかけるお金は、人によってすごく差があります。実際、93万円のウィッグを3個持っていた方にも、2000円のウィッグ6個で乗り切った方にもお会いしましたが、皆さん、満足されていました。これでなきゃいけないということはないので、その人がいいと思うものを選んでいいし、焦らなくてもなんとかなると患者さんに伝えるのが大切だと思います。
物販と直接の関係がなくて純粋にそれができる立場、かつ今までも常に患者さんに情報提供してきた人って、医療者しかいないのですね。病気の理解を踏まえての情報提供が必要だと考えています。

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

このお話のようなことは本来、美容に関わる職業に就く人はできたほうがいいと僕は思います。
美容室で販売している商品にも仕入れ値があって、例えば1000円のものを売っても美容室には250円しか利益がないとしたら、別にお店にある商品だけをすすめなくていいと思うんです。お客さまに何が合うか、どんなものを嗜好されるかを踏まえて、どこそこに売ってるこの商品がすごくいいですよと、なぜ美容師から言えないのかと考えてしまう。

JHD&C SALON※7ではその考えのもと、ウィッグが試着できるサービスを提供しています。サロンでいろいろなメーカーのウィッグを試着して、気に入ったら自身でネットで買ってくださいというシステムにして、サロンでは買えないようにしているんですね。
サロンとしては1円の利益にもならないことですけど、資本主義に則ってビジネスを展開しながらでも、情報提供で患者さんに貢献できると思うんです。

「本来、美容に関わる職業に就く人はできたほうがいいと僕は思います」(渡辺)

「本来、美容に関わる職業に就く人はできたほうがいいと僕は思います」(渡辺)

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

難しいですね。患者さんが生活するうえで本当に必要としているものは何か。これを考えるのは医療者以外には無理だし、私はそんなことを美容業界がする必要はないと思います。
だからこそ医療者が「選ぶ時間はあるし、自分が気に入るのがいちばん大事なんです」ときちんと伝えなければいけないのです。基本情報があれば、患者さんはどんどん自分でやっていけます。それまで生きてこられたように、これからも生きていけるのですよ。

実例をひとつ挙げます。乳がんの標準治療のひとつであるAC療法※8には脱毛の副作用があります。テレビやネットの情報からは、治療によってみんな吐いたり寝込んだりしてすごく大変なイメージを抱かれがちですが、画期的な制吐剤ができてから変わりました。

実際の治療では、点滴を3週間おきに4クールします。その3週間って、体調としてはほとんどの方が「△→○→◎」です。最初の1週間は「△」で、なんかむかむかしたりだるかったり。でも2週目の「○」の時期は結構元気で、3週目には「◎」で、治療前と同じように元気になります。

私の知っている方では、3クール目の点滴を終えた足で空港に向かい、ラスベガスへ飛んだ方もいました。飛行機でラスベガスに行って、「△」の時期に休み休み仕事をしたら、「○」の後半と「◎」の期間が余っちゃった。その間にパワースポット2カ所を回って、4クール目の点滴が始まる直前に病院へ戻ってきました。さすがにそこまでがんばる方は少数ですが、乳がん治療をしながら働く方は少なくありません。

人間、仕事を休んで治療だけをする状況になると、正面から病気に向き合ってしまいがちです。でも、それはつらい。吐き気も痛みも昔よりコントロールできるようになったので、意識が病気だけに向かうとメンタルがダメージを受けやすくなります。だから、仕事はできるだけ休まないほうがいいし、もし休むんだったらこんな時しかできないことをしてください、と医療者から伝えます。そのために、外見はどうするの?と考えるのです。

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

外見を整えるのが目的じゃないんですね。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

そうです。その期間を豊かに過ごすことが目的なのです。
以前、がんになったあるお母さんが、子どもに病気のことを話していないので、心配をかけないように家の中でも楽に被れるウィッグを探しています、と相談に来ました。
でも子どもに隠すためにウィッグをつけることで、何カ月もある治療期間中、お母さんはバレないようにしなきゃといつも思っていて気が抜けない。子どもがふざけてお母さんの髪を触ったら、反射的に払いのけてしまうかもしれません。

実は、子どもを不安にさせる要因は、お母さんの毛のあるなしじゃないのです。もちろん、最初は脱毛に驚くかもしれません。でも、何より不安なのは、お母さんがお母さんでなくなってしまうこと。優しく朗らかだったお母さんが、ピリピリしたり、一人涙ぐんでいたり、聞いてはいけないオーラを出したりする……これでは、どんなに立派なウィッグをつけたとしても、結果的に子どもに心配をかけてしまいます。

長い治療期間、患者さんが安心して暮らせるはずの家の中を、緊張させる場にしちゃダメなのです。療養環境の整備という点は医療者が考えるべきことですね。お母さんの気持ちを受け止めながら、子どもさんの気持ちも理解してもらい、その子に合った病気の伝え方も一緒に考えます。そのうえで、さて、髪はどうしましょう?という問題になります。だからこれからは、役割分担が重要になってくると思っています。

※6こもれび
アデランスが病院内に展開するヘアサロン。バリアフリーで、カーテン付き個室も設置。病室への出張カットなども行う。全国に33店舗展開(2023年7月時点)。

こもれび

※7JHD&C SALON
「髪を切る人も切らない人も、同じようにお迎えできるヘアサロン」をコンセプトに大阪に誕生したJHD&C直営の美容室。

JHD&C SALON

※8AC療法
乳がんの代表的な抗がん剤治療。2種類の異なる作用機序の抗がん剤を組み合わせた治療で、その頭文字をとってAC療法と呼ばれている。

AC療法

美容業界に望むこと

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

僕は美容師なんですが、こんな経験があります。
長年カラーを担当してきたお客さんに「1年半ぐらい来られなくなります」と言われたんですね。どうかしたんですか?と尋ねたら、実はがんでまもなく治療に入るから、毛も抜けちゃうし美容室に用がなくなるのよ、という話でした。

当時、僕はまだ30代で、あまり深入りするのも失礼かなと思って、「そうなんですね、また1年半後にぜひ来てくださいね」とさらっと言って終わったんですけど、お客さんが美容師に対して気を使っていると強く感じました。あの対応でよかったのかなと、今でも思う時があります。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

それでいいのです。

「これからは、役割分担が重要になってくると思っています」(野澤先生)

「これからは、役割分担が重要になってくると思っています」(野澤先生)

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

それでいいんですか。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

そのほうが本人もうれしいと思うし、病気のことを話せる人間関係をつくるのはすごくいいことなのです。
医療者としてお願いしたいのは、病気になった時に普通に話ができる、特別扱いしないで迎え入れる環境をつくれる美容師になってほしいということです。

患者さんは「前の美容室に行きたくない」という思いがすごく強いものです。病気の話をすると態度を変えられたり、あれこれ聞かれるんじゃないかという不安がありますから。美容業界が本当の意味で協力するのであれば、やっぱりウィッグをちゃんと切れることと、お客さんと信頼関係を築くことだと思います。ちょっとカーテンを引くとか、予約時間を調節するといった、美容師として当たり前の配慮があれば、病気になっても信頼関係は継続するのです。

あとは、自分が知っている狭い範囲で得た情報を他の人に話さないこと。がん治療も本当に変わってきているし、使用する薬剤によって治療の状況も全然違います。偏った知識や不確かな情報をお客さんに伝えないことも重要です。

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

日本にはたくさん美容学校があるので、そういった考え方が授業で取り上げられるといいですよね。残念ながら、脱毛を揶揄する言葉が今でも実習や授業で無意識に使われていると聞きます。
美容師の配慮は、これからますます必要になると、僕も思います。野澤先生がアピアランスケアに関わられた当初に比べると、少しは改善していると思われますか。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

だいぶ変わってきたんじゃないかと思いますね。最近は、手頃な価格のウィッグを販売するお店に美容師さんがいて、その場でささっと切ってくれるところも増えてきていますし。

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

ライフステージが変わっていけば、病気というものから誰も逃れられないわけですから、もうちょっと当たり前の話になったらいいのになと思うんですけど。とはいえ、20代の若い人が「いつかがんになるかも」なんて、リアルには考えられませんしね。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

だからこそどういう教育をすべきなのか、もう一度掘り下げて考えて組み立てられればと思いますね。
でも、医者が変なことを言ってしまうこともあります。

ある方の顔にがんができたことがあります。手術が難しい体質だったこともあって、最初の病院の形成外科医が「あなたは一生レストランで食事ができません」とおっしゃったそうです。医学的な対処が難しい、というだけで、患者さんを突き放してしまったのですね。

実際にはしっかりした化粧用パフを切って、穴にはめて絆創膏を貼れば、それを目にした人は「怪我したのかな」と思うだけだから、堂々としていたら大丈夫なのです。そうアドバイスしたら、後日、「レストランで、家族で食事しました!」と報告に来てくれました。

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

なるほど、美容師もやってしまいがちなことです……自分の技術では対応できないから「あなたの髪の毛では難しいんだ」みたいなことを言う人がいるんですよ。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

どの社会にもそういう人はいますね。ただ、患者さんのほうでも口コミ情報が広がるので、そういう意味ではふるいにかけられ、まっとうなところが選択されるようになるのかもしれないですね。

ウィッグの「人毛神話」と、ヘアドネーションの今後

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

野澤先生は以前から、ウィッグは人毛のほうがいいとか、高価なウィッグほどいいと思われがちな風潮を懸念しておられました。

JHD&Cはそもそもヘアドネーションで作った人毛100%のウィッグを無償で渡しているので矛盾するようですが、僕も先生のお言葉をお借りして、1年間に支払う美容院代と同じくらいの価格のウィッグが適切なんじゃないか、それが1万円であろうが10万円であろうが、人毛だろうが人工毛だろうが、自分が気に入ったものならそれでいいんじゃないですかと機会があれば言うようにしています。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

自治体のウィッグ助成金※9についても、私は1万円くらいで使いやすい制度がいいと思っていて、助成額がエスカレートしていることを危惧しています。そうなることで必要書類が増えて申請が煩雑になったり、見積書が必要になったり、患者さんも「補助がもらえるなら」と高価なウィッグを選ぶようになったりとか。

実際には、がん患者さん全員が脱毛するわけではなくて、調査だと2〜3割ぐらいのようです。でも、がん治療=脱毛というイメージが社会に根強いので、脱毛に対して援助をしていますというと、すべてのがん患者を助けているイメージになるのですね。イメージが先走ると、今度は「うちの自治体はよそより手厚く助成しています」と競争が始まる。10万円を補助するところが出てきたり、行き過ぎではないかと感じています。

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

ヘアドネーションも、本来の目的と違う方向に進んでいると思い始めています。もともと「切ったあとの、ほうきで掃いて捨てられていた髪の毛」という、いわば不要なものを集めているだけなので、なんて言ったらいいのか、いつから「いいこと」にすり替わったのか不思議でしょうがないとずっと思ってるんです。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

美談になっちゃいましたね。人間、自分のやったことを肯定したいですから。

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

あなたが自分の意思でやった、まさにそれはボランタリーですよねって、それだけなんですよ。
ヘアドネーションの動機は誰かへの思いやりで、昔も今もそこは何も否定しないし、美しい行いだと思うんです。でも「毛がある」という優位性にJHD&Cが気づかせてしまった側面があるんですよね。無意識の特権の行使にすり替わったらまずいなと危惧しています。僕らには始めた責任があるし、だからこそ誰に対しても、もう少しフェアな活動にしたいなと思っているんですけど。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

メディアによる美談の量産という側面はありますね。そういえば、大人の男性のヘアドネーションってあまり聞かないですよね。

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

実際にはあるんですよ。ただ、マスコミはやっぱり子どもを取り上げたがるので、知られにくいんです。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

これからがJHD&Cさんの正念場なんじゃないですか? ある意味「おいしい」ところがなくなったら数は減るとは思うのですが、その代わり、本当の意味で定着して、普通の心あるシステムへの転換期がくるんじゃないかと思いますよ。

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

うれしいお言葉ですね。そうなっていくことをわれわれも願っているし、がんばらないといけませんね。

研究室の書棚にはJHD&C監修書籍『31cm』も並ぶ

研究室の書棚にはJHD&C監修書籍『31cm』も並ぶ

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

それでは最後に、ご自身の今後の展望についてお聞かせください。

目白大学看護学部 看護学科教授・野澤桂子
野澤:

まず、医療者に向けての教育を続けていきたいですね。種をまかないことには広がらないし、終わってしまいますから。今は興味を持ってくださる人も多いので、いろいろなところで種をまきたいなと思っています。

がん対策推進基本計画※10が策定されたことで、自治体や医療機関に呼ばれることも多くなりました。また、がんの認定看護師の科目にアピアランスケアの項目が入り、養成施設に毎年うかがうようになりました。
もちろん、病院や医療者によっていろいろな考え方があります。その前提で、大筋から外れないように、みんながやるようになればいい。私はそれをもう少し底上げしたいと思っているのです。アピアランスケアが当たり前にある社会システムにしないといけないですよね。

だから、組織的な活動というか、広い活動にしたいと思っています。将来のことを考えて、大学の授業でも学生に伝え始めました。人を育てて、多様な人がいろいろなところで語れるようになったらいいなと思っているのです。その延長線で、連携先の美容師さんの教育にも貢献したいですね。

もうひとつは、アピアランスケアに関する研究です。国がんの研究班メンバーとして、アピアランスケアの仕組み作りにも加わっていますが、今年から、新しく採択された科学研究費助成事業※11で「がん患者の脱毛予防におけるアピアランスケアの最適化に向けた研究」というのを始めました。頭皮冷却装置※12の普及だけでなく、様々な視点から脱毛予防の問題を考えられないか、取り組んでみたいと思っています。

JHD&C代表・渡辺貴一
渡辺:

野澤先生にだからこそうかがえたことがたくさんあって、僕自身の考えを深めるきっかけにもなりました。今日はお忙しいなか本当にありがとうございました。先生の今後のご活躍を楽しみにしています!

「生きてると日々おもしろいことがある。世の中は、まだ知らないことに満ちているという感じです」。対談後に語る野澤先生

「生きてると日々おもしろいことがある。世の中は、まだ知らないことに満ちているという感じです」。対談後に語る野澤先生

※9自治体のウィッグ助成金
病気や怪我など何らかの事情で脱毛した人を対象に、ウィッグなどの補整具の購入費やレンタル費用を助成する制度。自治体によって助成の有無、金額や対象者、申請要件などは異なる。JHD&Cでは実施状況をまとめたページを独自に作成している。

JHD&C:自治体による助成一覧ページ

※10がん対策推進基本計画
がん対策の総合的かつ計画的な推進を図るため、がん対策の基本的方向について定めるとともに、都道府県がん対策推進計画の基本となるもの。

がん対策推進基本計画

※11科学研究費助成事業
国民生活に深くかかわる保健医療、福祉、労働安全衛生の課題に対し、科学的根拠に基づいた行政政策を行うため、厚生労働科学研究を行う大学や国立・民間の試験研究機関に所属する研究者に補助金を交付している。

「がん患者の脱毛予防におけるアピアランスケアの最適化に向けた研究」

※12頭皮冷却装置
頭皮冷却療法に使用する装置。抗がん剤投与前から特殊な機械を用いて頭皮を冷却し、血流を低下させることで抗がん剤による毛根へのダメージを減少させる。日本では2019年3月に厚生労働省に薬事承認され、保険外診療として全国の約50施設で導入されている。